ヨルヨム会第7回(最終回) まとめ

伊東です。


7/30、『夜と霧』をみんなで読む会(ヨルヨム会)第7回(最終回)を14名の方に参加いただき、開催しました。

※企画の趣旨や背景は、こちらのブログにてお伝えしています。

※第1回のまとめはこちらに載せています。

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第7回はp.147 第三段階「収容所から解放されて」から輪読を始め、訳者あとがきを含む最後まで読みました。


本編の最後を読み終わる直前に、ファシリテーターをしていた伊東のパソコンが接続不良で落ちてしまうなどのアクシデントもありつつも、その分、読了の余韻を十分楽しむことができた(!?)回でした。


第3段階の章は、ほんの10ページしかありませんが、強制収容所から解放された人たちがうれしいという気持ちをすぐに取り戻せないなど、人間とはどういう存在であるかを考える話が続きます。


例えば、芽を出したばかりの麦畑を突っ切って歩く仲間の話も印象的な部分の一つです。若芽を踏むことはよくないのでは、フランクルがその仲間に伝えると、仲間は自分がどれだけひどいことをされたのかとどなりつけます。

不正を働く権利のある者などいない、たとえ不正を働かれた者であっても例外ではないのだという当たり前の常識に、こうした人間を立ち戻らせるには時間がかかる。そして、こういう人間を常識へとふたたび目覚めさせるために、なんとかしなければならない。このような取り違えは、どこかの農家が数千粒の麦をふいにするよりももっと始末の悪い結果を招きかねないからだ。(p.153-

ひどいことをされたから、私もひどいことをしていいという社会である限り、社会はよくならないでしょう。それだけ高い精神性を求められることを、厳しさと捉える人もあるかもしれませんが、その高い精神性を発揮できるということこそ、人間が持てる重要な能力の一つなのだと考えます。


その辺りの部分は、参加者のみなさんの感想にも多く触れられているので、ご紹介します。

• 解放されたあとにも、日常が存在しいているのではない。強度の離人症という表現がでてくる。それも、命が生き残るために存在している機能であることを思わずにはいられない。極限状態から脱したあと、消えないものは残るのか。複雑性トラウマという用語が頭をよぎる。フランクルに日常はどれくらいで来たのだろう。他の体験者に日常は戻ったのだろうか。経験を経て、存在する人に力をもらう。そんな経験が私の日常には存在する。フランクルに力をもらうそんな相似を感じていた。

• 何らかの環境の変化について、当事者外の人は悪意なく当事者を励まそうとする。その変化があまりに壮絶で当事者外からは理解できない場合は腫れ物に触るように扱う。当事者はその変化が好ましいものであっても好ましくないものであっても変化への対処に迷いながら生き続けることで少しずつ克服・順応していく中、そのペースに合わない他人からの介入は、トラブルの元にもなる。構図としては私たちの日常に溢れていて、そう珍しくもないことだが当事者外の人間は無頓着になりがち。

収容所からの解放という外から見たら「喜ばしい」出来事がそのように受け取れない被収容者の葛藤を読み進めるうちにこれまでに自分や周囲の人が経験した変化とその変化に対する関わりがたくさん思い出された。フランクルがどのように自分自身を取り戻し、精神科医としてその後の仲間の回復に貢献したのか、この本に書かれていない続きにも興味を持った。


•引用

「はっきり言って、うれしいというのではなかったんだよね」
わたしたちは、まさにうれしいとはどういうことか、忘れていた、それは、もう一度学びなおさなければならないなにかになってしまっていた。(p.149)

文中のこの表現は、EQ(感情知能)を学ぶ私にとって、”感情が人間の生きる力を作り出すもの”であることを深く思索する問いとなった。「感情」は自分へのメッセージであり、エネルギーとなる人間の体内で造られる化学物質である。フランクルはじめ強制収容所に入れられ、壮絶な体験を生き延びた人々は「感情」を沸かせないよう『自分の感情に蓋をした状態』が長く続いていた。そして、戦争終結による突然の解放は、「待ちに待った心身共の解放」であると思えるところを、すぐさま感情は追いついていけない。この状況は、どこか今の私達の置かれた環境へのヒントになるのではないか。COVID-19が収束した時、私達は、以前のようにさまざまな出来事に対して感じ、考え、期待し、歓喜する自分でいられるのだろうか。 最終頁には「…内面でなにかが起こる。突然、それまで感情を堰き止めていた奇妙な柵を破って、感情がほとばしるのだ。」「そして一歩また一歩と、ほかでもないこの新しい人生に、あなたは踏み込んでいく。あなたはふたたび人間になったのだ」と締めくくられる。現代に生きる自分にとって、EQ活用の観点と共に、”限りある人生をいかに生きるか”というテーマで、再読してみようと思う。


・「嫌なことが終わって嬉しい」とか「命の危機が去って良かった」みたいな単純な話ではない締めくくりだったことが、じわじわと来ています。確かに日常の出来事や体験も、そんなに単純な話ではないはずなのに、内容が劇的であればあるほど、映画や小説の物語の中のように単純化して捉えてしまっている部分があったのかもなぁ…と気付かされました。

読み終えてみると、戦時下であれコロナ渦であれ日常(と思っている日々)であれ、人の関わりが発生する場面において多かれ少なかれ同じような構図になることはあるのだという気付きがあり。その上で、自分が関わっているシステムをよりよくしていくにはどうしたらよいのだろうか?と考え続けなくてはならないという気持ちになりました。


みなさんの感想も、毎回たくさん寄せていただき本当にありがとうございました。

プログラムの中では最終回ということで、輪読後グループでお話をして、最後はお一人ずつ感想を共有していただいて第一部は終了しました。(みんなで『夜と霧』を片手に記念撮影)



そして第二部の懇親会は20時から始まり、読み終えた達成感と、7回を通してみなさんとの距離感がとても縮まったことから23時まで盛り上がりました。そして、ヨルヨム会のスピンオフ企画も立ち上げるに至り、8月16日に開催することが決定しました。こちらはまた別途ブログに挙げたいと思います。


ヨルヨム会の企画時は、一体どんな最終回を迎えるかという心配もあったヨルヨム会ですが、すばらしい参加者のみなさんと、ジョイワークスメンバーのサポートのおかげで、私にとってとても貴重な、忘れられない時間となりました。本当にありがとうございました!


またこういう機会を持てたらなと思っていますので、よろしくお願いいたします。

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