戦略人事に転換する⑦:評価制度の本質を考える

アメリカ企業の取り組みから、 社員のパフォーマンスの測定(人事評価)をやめると業績が40%向上する ということが2015年のATDで発表され、アメリカ企業の1/3以上が実施しています。


それでは、何で人事評価をやめると社員のパフォーマンスが向上するのでしょうか?

従来の年次の人事査定は、金銭的奨励あるいは叱責に重点を置き、年度末に実施する仕組みでした。

結果的に、そのときどきの成果向上や将来に向けた人材育成という、 組織の長期的な存続に不可欠な取り組みを犠牲にして、 過去の仕事に対する成果責任を問うていると、 ペンシルバニア大学ウォートンスクールのピーター・カッペリ教授は指摘しています。(注)


私たちの「人事評価の意味すること」の見解は以下のとおりです。


1.評価を受けること自体に「評価者vs非評価者」というヒエラルキーが生まれる

   →労働者感を拭えない

2.仕事の成果は上司の評価で決まり、それが金銭に換算され、働く本当の意味を見失う

   →「働く本当の意味とは」①社会に貢献する ②社会の問題を解決する ③社会や人の役に立つ

3.承認がすべて「条件つき承認」となる

   →志の高さや努力に対してではなく、「・・・をやったのでOK」といった形になる

4.期間の評価と個人のキャリアビジョンの実現との関係性を見失いがちになる

   →短期目標を達成しても、キャリアビジョン(人生の目的)が遠のくことさえある=虚無感

5.時間軸が分断され、目標達成しても疲労感が残る

   →年度ごとの短期目標は年度末にリセットされ、継続性が担保される保証がない

結果の公平性を実現するには限界があり、不公平は必ず起き、 評価者、被評価者ともに理解力・評価力にはバラツキがあり、揃えることには限界があります。

仮に公正な手続きによって決定したことであっても 「納得する」ということは個々人の内的な問題であって、その意味からも限界があります。

評価のためには基準が必要であり、特定の基準に従ってしか評価できないという限界がそもそも存在し、 そのことによって人の可能性を狭めてしまいます。

評価されるという受動的な姿勢を植えつけ、本人の本気度の低下につながります。

また、現状の人事評価制度では、個人のパフォーマンスが評価の中心となるため社員を孤立化させ、 本来協力しなければならない職場の仲間と競争しなければならないことすら発生します。

そして、私たちの脳は、評価を受けるときには「闘争・逃走反応」になることも 大脳生理学の研究からわかっています。



参考:“年度末の人事査定はもういらない業績評価から人材育成へ”

   『DIAMOND Harvard Business Review 2017年4月号』ダイヤモンド社 より引用

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